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町田樹選手の昨年末の引退より幾つか記事を書いたのであるが、今年に入ってショーにも出演されている事であるし、現在進行形で活動中のお方について語るのも野暮と思い、コメントを頂いた記事のみを残す事にしたぞよ~ポクポクポクポク♪
(…とは言っても、中身は完全に書き換えるのであるが)
最初の記事に
「町田選手は孟飛城主に似ていた」
と書いたのであるが、そこはやはり、孟飛城としては残すべきであるかと思う。
何故なら、城主に似た人のコーナーを作ろうと前々から思っているからだ。
町田選手の場合は、似ていると言っても、姿形ではない。
動作が大きくキメをキープ出来る所、視線遣いが上手いこと、表現のきめ細かさ、心(決心)の強さ、そんな所に城主を感じていたのだ。
町田選手については様々な人が色々な(というか似たような)事を書いているが、誰も書いていない事を残しておくと、「町田選手の動きは歌だった」。
歌というのは、要所要所でキメれば良いというのではない。
息を吐き始めたら、曲が止むまで一瞬たりとも気を緩めてはならない。
ブレスの時だって休んではいけないのだ。
バックの演奏と別な所にいてはいけない。
その中に溶けて、音楽の一部でなくてはならない。
1つの音符に見える白玉だって、無限の「一瞬」の集まり。
どの瞬間にも意味があり、固有の響きがある。
それらが滑らかに、或いは急激な変化を伴い連なって出来るのが旋律だ。
常に細心の注意を払い続けなければならない。
ついでに言うなら、技術は表現の為にある。
まぁ、たまには技そのものを見せつけるという表現方法もあるのだが。
歌手を含め、演奏家は、常に高度な技術を駆使しているのだな。
しかし、それを聴き手が細かく知る必要は無い。
「何かいいな」とか「引き締まってるな」と感じる程度のものなのだ。
…まぁ、そんな要約で宜しいだろうか。
尚、住職はスケオタなるものでは断じてナイので、その手の「議論」には応じないので悪しからず、ポクポクポクポク。
引退発表から時間がたったものの、いまだに寂しさが募るのも正直なところです。
エデンの東のナンバーが好きでよく観るのですが、曲に吸い付くように滑らかに感じるのは、歌うように滑られていたんですね。住職様の文を読ませて頂いてスッキリいたしました!有難うございます☆彡
人それぞれ滑り方は多々あるかと思いますが、町田選手のように曲になりきり溶け込んだような滑りは個人的には彼だけかなと感じました。そこは私の主観的な部分ですが、とにかく本当に何度見ても感動いたします。
最近は優雅なスケーターが増え、綺麗な人も多いですが、あるラインを越えて訴えて来る、というのはなかなかありませんねぇ。
まぁ、それはどんなジャンルに於いても簡単な事ではないのですが。
よく見ると足がとんでもない方向を向いていたり、あり得ないポーズだったりするのが面白いですよね。
中国武術などは、とんでもなさが明からさまな事が多くて好きです。