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K. JUNO@公主
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方世玉武打星、孟飛的粉絲網站留言簿。少林寺マスターでお馴染み、メン・フェイ(孟飛/リー・フォアマン)の人類最古のサイト、孟飛城の情報タレコミ、更新記録。
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近年の孟飛城主のプロフィールには「友達と泳いで香港に渡った」と書かれているが、誰が計画したのか、他の友達はどうなったのか、家族は… 等々、謎は残るも訊くにも訊けなかったのであるが、去る7月13日、孟飛さまがそれに付いて御自身で語られたドキュメンタリーが台湾で放映された。
録画して公開してくれた許氏は、孟飛さま繋がりのfb友である。

ところで住職、午後中かけて記事を書き、最後に映像のサイズを修正しようとしたら戻れなくなり、今日に限って直接書き込んでいたもので全てが一瞬にして消えてしまい、最初から書き直しておるのだ。
その為、幾分淡泊な文面になっているかも知れないが、ご容赦願いたい… ポクポクポクポク。
高画質映像もあるので、環境に合わせて新しいウィンドウで選択下され。



台湾では余り取り上げられない香港時代のクラクラ映像の大サービスが嬉しいが、現在の孟飛さまは年末の撮影でマルガリータ役からようやく伸びてツンツン状態でいらっしゃる。

さてさて、我々にとっては香港映画のプリンス、孟飛さまであるが、台湾に於いては、台湾全土を熱狂させた武侠ドラマ神鵰俠侶の主人公を演じた伝説の大スターなので、番組はその前提で作られている。
最初と最後のゴシップネタはテキトーに流し、中盤の香港への脱出に重点を置き、はしょったり補足したりしながら要約してみようと思う。
最後に原文をテキストに起こしておいたので、コピペして調べたり保存したり、訳し直したりと活用頂ければ幸いである。

(※当時は密入国後は簡単に居住権が貰えるというアバウトな時代であった。日本でも大ヒットしたホイ兄弟の「新Mr.Boo!アヒルの警備保障/原題:摩登保鏢」は、この制度が廃止された後の難民問題をテーマとしたコメディで、もっと近いが鮫の危険がある深圳から泳いで来た設定となっている。)

当年、結婚ブームを巻き起こした美しき師匠と愛らしい弟子(しかし成長してヒゲ)のしつこいまでの純愛物語であるが、冬ソナも真っ青の一途なメロメロ芝居に、主演の2人の仲を疑う者も少なくなかったと言う。(住職はクドさしか感じないがのぉ~ペコペコ)←たまにはポクポク以外のバリエーションで蝉のブリキの「セミパチ」など
その真偽はと問われ、脚本も気に入っていたし演技に入り込んでいただけだとお答えに。
(これに関しては、後のナレーションが明らかにしている。)

映画スターとしてのプライドを持っていた孟飛さまは、他でも語られている通り、当時はテレビ俳優をやる気などは全く無かったのだそうな。
それが何故… という所は今回もスルーであるが、多分、大した意味は無いのだろう。
このドラマのヒットにより、テレビ俳優の地位が大きく変わったと思われるのだが、それは常識とばかりにスッ飛ばして更に時を遡り…

ナレーションでは「広州生まれ」という事であるが、今度こそほんまかいな…
中国は文化大革命の只中(映像では「丁度終わった頃」と言っている)、共産党は学生達を僻地にやり、農作業をさせながら思想教育を施そうとしていた。
近年になり、文革は過ちであったとして、そのおぞましさが映画などでも取り上げられる様になったものの、当時は批判などしようものなら死刑もあり得る、という恐ろしい時代。
18歳の孟飛さまは
「こんな事を続けていても未来が無い、香港へ逃げよう」
と、友達と3人で脱出を企てた。

選んだのは、最も広い海域。
十時間も泳がなければ辿り着けないそこなら、警備の手が薄い。
1ヶ月の特訓の末、月明かりを頼りに泳ぎ始めたが、7日間も何も食べておらず、1時間ほどで1人が動けなくなってしまった。

先に行けと言われても置いて行く事も出来ず、往生している所へ、異様な音が…
そちらに目を遣ると、小さな船が現れた。
古胴色の顔をした白髪老人が、香港へ行くのかと問う。
もはや、どこの船であるかなど気にしている状況では無く、助けを求めた。
果たして… それは、香港の船であった。
船倉には、老人と子供、更に幼い子供。

3人に食事を与え、無事に香港まで送り届けてくれた恩人にお礼を言おうと、2週間後に給料を持って集まり、探しに来た所、そんな風貌の船人はここにはいた事が無いと言うのだ。
「君達を助けたのは、人ではなく神様だったに違いない」

香港でそれぞれに成功した3人であったが、中でもセーター工場で洗濯係をしていた孟飛さまの人生を変えたのは、新聞に載っていた主役オーディションの広告であった。
八千以上のライバルに勝ち、デビューを果たした途端に映画スターとなった孟飛さまは、香港アクション界で売れっ子となり、後にプロデューサー周游女史にスカウトされ台湾ドラマ界入りするや、国民的アイドルとなったのである。
テレビ会社は宣伝の為に主演の2人の噂を流したが、実は当時の孟飛さまのお相手は…

などと勿体を付けてみても、…の後は日本では誰も知らん人じゃがのぉ~
後に公開処刑的に派手にフられて落ち込んだ、との事であるが、、、、、

アンタ他になんぼでもいはりますやんか~!(爆)

※孟飛城は「アンタ」呼ばわりを m( ̄. ̄)m m(─.─)m m(_ _)m 致します。
ポクポクポクポクポクポクポクポク………………

**************************************

【原文文字起こし】(2分~6分位まで)
色分け:孟飛さま ナレーション

戯紅人也紅,但其實孟飛一開始,根本不想演電視劇。

我們叫做電影明星,movie star,講良心話,那個時代很不屑。

原來在拍神鵰俠侶之前,孟飛已經在香港拍了很多部電影。
但在更早之前,出生在廣州的他十八嵗時大陸文革剛剛結束。
他雖然是學生,卻被下放到鄉下種田。

所以那個時候我們就跟同學就說,
”這樣子不是個辦法,我們是不是應該要去香港?”
這個不是偷渡嘛。

但要偷渡談何容易,更何況想用游泳的方式渡海?
簡直是不可能的任務。

本來我們就會游泳的,但是體能要訓練。
我們可以從早晨下去游,游到黃昏。

我們選是最寬的海域。
如果說真的從海邊游泳到對岸大概十個小時。

因爲距離香港最寬的海域一般人不可能從這裡偷渡,管制比較鬆散,但要十個小時才能抵達,是體能上的極大挑戰。
經過一個月的集訓後,某天夜裡,孟飛跟另外兩名同學毅然決然進行偷渡任務。
靠著微弱的月光三人在大海中奮力向前游,卻在游了一小時之後狀況發生了。

我有個同學就支持不住了。
因爲我們七天沒吃東西,他就說
”我不行了,你們游吧!”

孟飛及另外一名同學立刻上前將他拉住,不忍心就此放棄他。
三人正在不知所措時,海上傳來了不尋常的聲音。

我們就聽到”嘣嘣嘣…” 那個馬達聲。
就往哪個有聲音的方向看,很清楚的,看到一盞紅燈從海裡面升起來。
很清楚的,看到一艘不大的船,一個煤油燈就出來。
就看到一個頭出來,哇一個白髮蒼蒼的一個老人古銅色的臉。

他就在那邊照”年輕人啊,是不是要到香港啊?”

生死關頭顧不得這船到底是大陸或是香港的,他們大喊救命。
船上老人就告訴他們這是香港船可以放心。

一進了船艙裡面,我們就一看,哇,一個老的一個小的,還有一個小孫子,大概十嵗十一嵗左右的,那個臉是圓咚咚的。
三人順利獲救,並在船上吃了頓大餐。

老人家將他們平安載到香港。
孟飛上岸後跟同學許下心願改天賺了錢要回到這港口好好報答救命恩人。
半個月之後拿了薪水我們三個人就一直找,找了整個下午,結果駐防辦公室的人就過來了。

孟飛將救命恩人的模樣形容給港口的駐防船家。
結果得到這樣的答案。

他說講真的,我們在這裡幾十年了,沒有這樣的。
我告訴你,你們遇到的是神,不是人。

三人在香港後來都有很好的發展。
孟飛原本在毛衣厰做洗毛衣的工人。
但報紙上一則電影公司招考男主角的廣告改變了他一生。

八千多個人去考,我過關斬將,就我一個人中一中就當電影明星。

他手腳俐落,拍了很多功夫片。
而他最早就以方世玉一角在香港影壇走紅,接著到臺灣拍電影。
但直到周游找他拍了神鵰俠侶電視劇孟飛才真的在臺灣大紅大紫。
雖然電視臺為戯宣傳,說他跟潘迎紫傳緋聞。
但其實另有其人。

このところ、台湾のロケ地捜索に明け暮れていた住職であったが、勢い余って小拳王にまで手を出してしもうた。
メン・フェイ城主を世に送り出した本作は、前半はタイで撮影されており、似た様な建築物だらけで大苦労はしたものの、何だかんだで殆ど場所は特定出来た。
(やっぱりカナで書くと萌えてしまう住職、うひょ~~~っ♪
台湾へ帰ってからのシーンは香港の撮影所である。
…えっ、香港の撮影所ってどこ???
タレコミぷり~ず♪

さてさて、世界市場を睨み、タイのスターを後半の主役とした本作であるが、前半はタイの観光案内仕立てとなっており、清く正しく、爽やかなニュースターと共にほのぼのと話は進んで行くのである。
しかし、舞台が台湾に移った途端、一気に血生臭い展開を見せるのだ。
それは他でも無い、美少年の流血大好き監督張徹の計画的犯行!
ショウブラとの契約があった為、ノークレジットではあるが、思い切り関与していたのだ。

Meng Fei メン・フェイin小拳王 The King Boxer

(並んだ椅子を順に移りながら反撃する孟飛城主。吉本新喜劇であれば「コーヒーチョーだ~い♪」のボケが欠かせない様式美の基本構図である。)※血みどろ過ぎるので彩度を落としたが、本来は真っ赤っかであるぞよ

本作が城主のデビュー作であるという情報は、僅かな日本の資料からも得ていた住職であるが、実際に見たのは90年代の終わり、英語版であった。
あらゆる意味で想像に反したその内容に、あろう事かこの孟飛城での扱いは非常に軽いものとなっていた。
住職がこの作品の持つ意味に気付いたのは、つい一昨日である…(そんなに最近かい!)

遅くはなったが、better late than never の精神で画像と共に仕切り直したので、是非、御覧頂ければと思う。
仕切り直しと共に、城主以外の画像も消えてしもうたがのぉ~~~スマンスマン!

音楽が何故か爽やかな Nevada Smith のテーマ、有名な西部劇であるが、住職は本編は見たこと無いかも知れない。
確認の為に聴いてみれば、もう小拳王が擦り込まれいてて胸が熱くなってしまったぢゃないのどーしてくれる!(爆)

では張り切ってどうぞ、小拳王さんです!!!!!


さて、日々、ロケ地が続々発見される中、中影文化城のマッピングも進み、中で1~2週間、売り子でもやっているかの如く位置関係が把握出来て来たので、少林寺マスターこと方世玉大破梅花樁の気になるロケーションを調べてみた。

まさかの台湾、しかも訪れた場所で撮影されていたという事実に狂喜乱舞するも、写真に残っている場所はなかなか登場しない。
その日は後に香港、大陸でも空前のヒットとなった「包青天」の撮影中で、多くの作品に於いて重要な舞台となっている建物に入れていない為に写真が存在しない上、どうも頻繁に登場する建物は全て素通りしている気がしていた住職なのだが、どこか映っていないだろうか、としつこくチェックしていたところ、気付いていなかっただけで、幾つかモロなポイントなども発見出来て喜んでいたのであるが、更に欲望は欲望を呼び…

畏れ多くも、倉田保昭に半殺しにされた孟飛城主が運び込まれる龍君兒の家を突き止めようと、ワンショットで撮られた部分を追ってみた。
丸い北門の前にあるザル屋さんを曲がり…
方世玉大破梅花樁ロケ地in中影文化城

割とすぐに右の家に… ってそこ、最初の鳥居のとこから逆に回って来たらスグやがな!

方世玉大破梅花樁ロケ地-方世玉が運び込まれる家

いや、ちょっと待ってその門構えは…
チャラリピョ~~~ン♪

住職@少林寺マスターが死にかけで通った場所

つい2日程前にマッピング完了した所では…?!
他の写真などからも、ここで間違い無いと思われるので、違って見える所があるのは、角度的なものか、後から変更が加えられたのではないかと思う。
まさか、孟飛さまが十年以上も前に瀕死で担ぎ込まれた家の前でこんな事をしていたとは…
何たるボートク!!!!!

ちなみにこの向いには洪文定與胡亞彪でギャングの女ボスに目を付けられた若者の家がある。
劉家榮が冒頭に大暴れするのも、孟飛さまが譚道良の魚屋の手伝いをしているのもこの辺り、個々の家の佇まいは地味ながら、なかなか重要な通りだったのである。
そんな事とはツユ知らず…

中影文化城の重要な門にて

ジューサツ刑モノですな… ポクポクポクポク。

中影文化城の写真 by リチャード桑原♀
(※「リチャード桑原」とは前回の写真に一緒に写っている住職の友人で、リチャード・ギアが吉本新喜劇の桑原和男に似ているという話から「リチャード桑原」と名乗っていた、れっきとした日本女性である。)


日本では間もなく七夕であるが、中華圏に於いては当然ながら農暦、今年は8月2日らしいぞよ。
Chinese Valentine のヨイショネタはもうお決まりかな?

さてさて、ロケ地大発見~~~!
…との感動をお伝えしようと思っていたのであったが、その後も日々、大発見に次ぐ大発見、気分はすっかりマルコポーロかフーシェンか!
勢い余ってボートクレビュ~に「撮影場所」の項目を加えた次第である。
しょっぱなからぶっ飛ぶ事間違いナシであるぞよ~~~ポクポクポクポク♪
更なる詳細ページを作成すべく、検証を重ねつつ巡礼地図を作成中なるぞよ~~~!

何故にこんなに大層な事になってしまったかと言えば、少林ブラザースこと洪熙官方世玉陸阿采の屋外ロケが全て台湾という事より、ならば屋内は中影文化城こと中國電影文化城ではないかいな、とハタと思い付いたのであるな。
中影文化城は言わずと知れた台湾の映画村であるが、実は住職、最初の旅行でここを訪れていたのである。
当時の住職は香港映画という概念を把握しておらず、「香港映画」は全て香港で撮っていると思っておったのだ。
つい最近までも、台湾で野外ロケをしていても、残りは香港に帰って撮っていると思い込んでいた… というよりも、そこから先に思考が行かなかった。
薄々勘付いてはおった気がするが、大変なコトになりそうな予感がしていたのかも知れない。

孟飛さまのインタビューを思い起こせば、少林五祖で初めて撮影に行かれた折は、台湾の方が進んでいて、撮影所も大きく、などと大層感動されたと思われるのだ。
…と言う事は、それ以降の作品は台湾で撮っている可能性が極めて高いであろう。
いざ、調べてみれば、出るわでるわ。
他の映画も街中のシーンは全て中影文化城
オーマイブッダ!
行天宮は違ったが、今回は正真正銘の素通りではないか!!!!!

残念ながら、ここは数年前に取り壊されてしまったのだと言う。
華やかなりし頃はアナログ時代である為、web上には殆ど画像が存在しないのだが、執念で大半の写真の場所を特定し終えた。
他の場所だと思っていたこの写真の場所が判明した時の住職の喜びの舞いをお見せたしかったぞよ~

たまたま確認用にとキャプっていたこの背景が、なな何と…!
孟飛さま扮する二郎が寺を飛び出し、饅頭をかじりながらアホっぽく街をうろ付く場面である。

蛇鶴丹心震九洲ロケ地in中影文化城

住職in中影文化城

スマン… 住職の方が百倍アホじゃった

行く行くは中影文化城の地図に番地を振り、写真と映像をそれで表す事が出来る様になればと考えておる方向音痴の住職である。

まだ「少林ブラザース」のラストファイトのロケ地発見の報告が1箇所残っているのであるが、更新記録を兼ねて、先にこちらを。

十八羅漢陣(一番下の「ロケ地」更新)でしゃあしゃあと少林寺のフリをしている行天宮が、何と観光地として有名な台北ではない事が判明!
行天宮の写真は、住職が写っているものも含め、どれも映画では存在しない龍の柱がデーンと写っているので、ちょいとおかしいなとは思っていたのだ。
しかし、屋根のツンツンもそっくりであるし、あんまり思い入れも無いしまぁいっか、内側は地味なのかもってな事で片付けて、数行のレポートで終わろうと思っていたのだ。

そして今日、知人が公開していた台湾の写真の中に行天宮の内側っぽいものを発見したもので、屋根の形など確認しようとした所、その写真は全く関係の無い建物ではあったが、台北の本宮以外に分宮が2つあるという情報が…!
調べてみると、その1つ、北投關渡行天宮と全てが一致したのである(分宮ではあるが本宮よりも先に建てられたそうな)。
忠義山の中腹にあるそれは忠義廟とも呼ばれ、「忠義站」という最寄り駅まであり、電車やバスで簡単に行ける様だ。

ここまで判ってスルーする訳にも行かないのだが、困った事に、今回すっ飛ばしたロケ地に近く、車なら橋を渡り、ほぼ東西に直線で30分程度なのじゃが、公共の乗り物では一旦、電車で南下して台北を回らねばならない為、2時間掛かるのである。
ひねくれて徒歩や船で対岸へ渡りバスを乗り継いでも2時間。
2時間あったら基隆の塔まで行けるではないか!!!!!
だからと言って歩いても2時間… しかも平地ではないのだ。
電車とは速いのじゃのぅ…

こういう時はどうするべきであろうか?
タクシー???
住職、30分も間を持たせられる語学力と社交性は持ち合わせておらんのじゃがのぅ~~~ポクポクポクポク。
昔、住んでいた大阪の北の箕面市から、バイト先の高槻市まで行くのに原付で30分、電車なら淡路まで南下して1時間半、徒歩なども入れれば2時間… という俗世の悔しさを思い起こす住職であった。

行天宮オフィシャルサイトにはお参りの作法なども書かれているが、メジャーな本宮に関しては日本語の情報が山ほどあり、關渡行天宮への行き方も難無く見付かると思うので、暫くは脳内トリップ位しか出来ないであろう住職に代わり是非とも訪れ、十八羅漢ごっこをして欲しい… 特にラストのポクポクシーンなど。
google地図では「行天宮北投分宮」で登録されておるぞよ~。
(※今は城内のロケ地ページから行った方が早いぞよ。)


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